陶芸家一家惨殺事件の原因は十数年前の隠ぺいであった ー 吉川英梨「警視庁「女性犯罪」捜査班 警部補・原麻希」

アゲハ、スワンなどの「秘匿捜査官」シリーズでおなじみの、ハラマキこと原麻希シリーズのSeason2の第一巻が本書『吉川英梨「警視庁「女性犯罪」捜査班 警部補・原麻希」(宝島社文庫)』
今シリーズでの活躍の舞台は、「昨今、急増するストーカー犯罪やDV被害に苦しむ女性を救うため」に警視庁の新設された「女性犯罪捜査官」なのだが、実態のところは、男性優位の捜査本部の世界に不満をもった女性捜査官たちが、自分たちの判断で捜査ができるように作った組織で、本部のほうからは「端っこ」扱いされている、というのが本当のところで、今回も、警察の本体組織とは、あれこれ軋轢を生みながら、犯人を暴いていく、というストーリーは健在である。

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグ
第一章 警視庁捜査一課 女性犯罪捜査班
第二章 奥多摩町陶芸家一家四人惨殺事件 第一回捜査会議
第三章 生け贄
第四章 影の男
第五章 神童
第六章 聖戦
第七章 黒衣の道化師
エピローグ

となっていて、まずは警視庁の八丈島署の強行犯係から、「星野夢美」巡査が、警視庁の女性犯罪捜査室へ赴任してくるところから新シリーズが開幕。この星野巡査は、八丈島署で「きょん連続殺傷事件」の犯人検挙に大活躍したいうふれこみなのだが、「きょん」という名前がなにやら笑いを誘うので、本人はあまり好んでいない風情です。

で、初めての本庁勤務とあって張り切る彼女なのだが、この女性捜査室は、実質的には「端っこ」的な組織で、メンバーは、「きめの細かい白い肌に、キリっとしたアイラインで目元を強調した美人」の「蔵本織江」警部、育休あけの時短勤務で、現在は主に事務に従事している「増岡亜矢子、そしてこのシリーズの主人公・原麻希と新任の星野夢美巡査というのが、実質的に稼働しているメンバーで、あとは産休中などで職場復帰していない、という組織である。ただ、立ち上がった動機が

織江さんが奔走してこの版を立ち上げたんだけど、そもそもそうやって彼女ががんばったのも、もともと捜査一課所属の警部なのに、男女差が響いて明里町になれなくて上ともめたからなのよ。
(略)
で、上はさ、いろいろとクレームをつけてくる女を下手にあしらうとセクハラとかになっちゃうから手を焼いていたわけよ。ちょうどここ数年はストーカー犯罪が急増していたことだし、世間様に表向き、警察はストーカー対策ばっちりよというアピールにもなるってことで、この班ができたわけ

ということなので、ストーカーやDVに限らず、女性が関係していれば、とにかく出張っていくというスタンスのところのようですね。

事件のほうは、奥多摩の陶芸一家4人が、自宅で撲殺されて頭を潰されたりり、自殺にみせかけて絞殺されたりと、かなりグロテスクな殺人事件。さらには、現場の家の玄関に飾られれいた陶芸家の時価5000万円の作品がこなごなに壊されていて、怨恨がらみの殺人と疑わせるものですね。
ただ、娘の一人はアイドルをやっていて、ストーカー的な可能性も否定できないし、もう一人の娘は引きこもり状態で、今は陶芸家を目指しているが芽が出ない状態で鬱屈をかかえていたり、母親・恵美のほうは、「誰とでも関係を持つ、という噂がある」と、第一発見者の陶芸教室の生徒からチクりがあったり、と犯行の動機のネタには事欠かない状況である。
なので、捜査は娘の一人が家族へ恨みを抱いてのものであるとか、恵美の不倫の相手か?といった線での捜査先行するのだが、恵美の義理の父親・影山が、彼女の部屋に忍び込んで、日記を物色していて捕まる、という事態がおきてから別の様相を見せてくる。

というのも、この窯は先代の15代目の時には、非行少年たちを集めて、陶芸を教えながら更生させるといった取り組みをしていたのだが、実は15代目の目を盗んで、恵美が集団暴行の犠牲者となっていたということが告白された内容が記載されていることが判明。さらには、その主犯格の人物を、窯で修業をしていた「神童」と呼ばれる男性が殺害し、恵美を救ったということも書かれていたのである。
当時、今回殺された陶芸家は、恵美の恋人だったのだ暴行を止められない状態にいたし、さらに、義父の影山は16代目を継ぐのではと言われながら、この事件がきっかけで行方をくらましていた、といったことで、この十数年前におきた事件が、今回の事件の重要な「鍵」となっていくのだが、原麻希の中学受験を控える娘に、不審な男が接触してきたり、第一発見者である、陶芸教室の生徒で、ポスティングスタッフで生計をたてている「一ノ瀬」が犯行を突如自供したり、といったことが起き、犯人捜しを余計に複雑化していく・・といった展開である。

ネタバレを少しすると、捜査が進展していくにしたがって、この「神童」という人物が正義のみかたであるような印象も抱いていくのだが、最後のところでどんでん返しをくらわされるので、そこのところは注意してくださいね。

【レビュアーからひと言】

今回からサブ・キャストとして登場してくる星野夢美巡査が、「女性犯罪捜査室」にスカウトされるきっかけとなる事件である「きょん連続傷害事件」というのは、八丈島の島内に生息する「きょん」がボウガンで撃たれて負傷する事件が連続していたのを、彼女が犯人を突き止める、というもの。

この「きょん」というのはシカの一種で、もともとはが台湾などを生息地とする外来生物で、動物園から逃げ出したものであるらしい。ところが、その繁殖力で数が増え、千葉県あたりではかなりの食害が出ている、一種の害獣となっているようですね。「八丈島では動物園にしかいません」、というネット情報もあるので、本書の動物虐待事件はフィクションなのでしょうが、愛らしい風貌をしていても、物事には、どうやら二面性があるようですね。

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