東京湾「第六台場」の射殺死体の謎を解け ー 吉川英梨「波動 新東京水上警察1」

警視庁の女性犯罪捜査班の「原麻希」や公安秘密組織・十三階の「黒江律子」といった剛腕だが、魅力的な女性刑事を主人公にしたシリーズ物を生み出している筆者なのだが、今回、登場させる主人公は、四十歳過ぎのバツ2で、元妻たちが娘3人は養育していて、今は年老いた父親と二人暮しの刑事である。
こんなところだけ読むと、風貌はしょぼいが推理は鋭い主人公が推理する謎解きものっていうようなイメージを連想してしまうかもしれないが、そこは予想を裏切って、一度廃止の憂き目にあったのがオリンピックの東京湾警備のために期限付きで復活した臨時の水上警察署「五港臨時署」を舞台にした、現場感あふれる警察小説が『吉川英梨「波動 新東京水上警察1」(講談社文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグ
第一章 異動
第二章 無人島
第三章 水曜日
第四章 予行演習
第五章 数字
第六章 水上観閲式
第七章 祭りの代償
エピローグ

となっていて、まず最初のプロローグでは、このシリーズの主人公となる、バツ2・中年刑事の「碇拓真」の頃のエピソードが語られる。その場面は、1982年の日航機羽田沖墜落事故。そこで、墜落した飛行機に乗っていた「碇」の父親が息子の姿を探しているところから開幕します。

本編のほうは、東京オリンピックの警備強化のために、以前廃止され湾岸署に統合された「水上警察署」がオリンピック終了までの期限付きで復活することとなる。この五港臨時警察署の刑事防犯課強行犯係に集められたのが、通り魔事件で勇名をはせた剛腕ながら「水恐怖症」と噂される、本巻の主人公「碇拓真」、警視庁捜査一課から異動させられ不満をかかえながら、本庁復帰をギラギラ狙う「日下部俊」、鑑識あがりの「藤沢充」、交番勤務あがりの「遠藤康隆」少年犯罪専門の「細野由紀子」といった面々である。そして、日下部の恋人が、警備艇の操縦をする海技職で、湾岸署から五港臨時署に配属替えとなった、モデルまがいのスタイルと美貌を誇る「有馬礼子」という女性なのだが、日下部は本庁復帰のため、礼子に突然プロポーズする、という結構、ゲスな滑り出しです。

事件のほうは、発泡スチロールの箱に、人の指がいれられて漂流しているのがまず、第一の事件。この箱がどんな形で漂流してきたことを調べるため、東京湾を巡回中、江戸時代末期に整備された「第六台場」で、拳銃で頭を撃ち抜かれた死体が発見される、というのが第二の事件で、この事件の捜査で、本庁への早期の復帰するために焦る「日下部」は、やたらと「碇」に反発しながら捜査を続けることとなる展開。五港臨時署は脆弱な体制であるため、捜査本部の立ち上げできず、出身母体の「湾岸署」に帳場(捜査本部)がつくられる状況なので、他の捜査員を出し抜くため、日下部は、恋人の礼子は放っておいて、湾岸署の女性署員と懇ろになって、捜査情報を引き出す、といった反則技も繰り出します。このあたりの日下部の出世第一のギラツキは、読んでいて辟易するところがあるのだが、これも作者の手の内なんでしょう。

そして、この2つの事件の被害者がともに、近くにある「有料老人ホーム」の入所者であることがわかるのだが、この老人ホームでは、火曜日に「毒物」で入所者が死亡するという事故がおきていることがわかってくる。さらには、その老人ホームに隣接する保育所とも、園児の声がうるさいとトラブルになっていて・・・、といった展開です。

ここに、東京湾で行われている麻薬取引であるとか、日下部の出世目当ての浮気に、彼の恋人・有馬礼子の気持ちも動揺し、かわりの「碇」に惹かれていって、といったこともからんできて、かなり複雑な人間模様と、事件展開をしていきます。

終わりのほうの、水上警察署の復活を祝う式典での、事件の黒幕がテロをしかけてくる大アクションは、手に汗にぎるシーンが連続して読みごたえがあります。

【レビュアーから一言】

今巻で重要なキーとなる「日航機羽田沖墜落事故」は、1982年2月9日、福岡から羽田に向かった日本航空350便のダグラスDC-8−61が墜落したもので、乗員乗客174人中24人が死亡した飛行機事故で、前日には最悪のホテル火災といわれた「ホテルニュージャパン火災」もあり、冬の寒い中、浅瀬の羽田沖に墜落し救出にもかなりの苦労があった飛行機事故ですね。これを扱ったTVドキュメンタリーでは、近くの漁師さんが、墜落した飛行機の爆発の危険を顧みず、自船で救助に向かったエピソードが感動的でありました。
そして、今巻では、この事故が主人公の「碇拓真」の警察官人生にも大きな影響を及ぼす設定となっているのだが、実は作者の「罠」が仕掛けられているので、ご注意ください。

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