南武線沿線に天才ロリータ探偵出現す ー 東川篤哉「探偵少女アリサの事件簿」

頭脳明晰な少年少女が探偵役を務める設定は、ミステリーの定番化しているきらいもあって、漫画では名探偵コナン・シリーズ、小説でも、海外ものでは美少女探偵ナンシーや、国内ものでは、数学少女・浜村渚など、多くの名探偵が登場している。その中でもロリータ・ファッションに身を包み、表面はいたいけな純真無垢な少女ながら、実はドロップキックを武器に犯人を蹴り飛ばす「名探偵(?)」の両親をもつ、10歳の小学生探偵という異色の主人が活躍するドタバタ・ミステリーが、この「探偵少女アリサ」シリーズである。

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 名探偵、溝ノ口に現る
第二話 名探偵、南武線に迷う
第三話 名探偵、お屋敷で張り込む
第四話 名探偵、球場で足跡を探す

となっていて、まずは、シリーズの開始、主人公の一人でワトソン役をつとめる、武蔵新城でなんでも屋を営んでいる「橘良太」が、武蔵溝ノ口に豪邸をかまえる売れっ子画家・篠宮画伯の息子のところへ、モデルのアルバイトに雇われるところから開幕。彼を雇った息子のほうも画家なのだが、親父ほどは売れてなくて不満を抱えている、という設定である。

第一話の事件のほうは、良太をモデルに画家の画家の息子のほうが絵を描いているときに、地下のアトリエで篠宮画伯が撲殺される。その凶器となったのは、応接間に飾られていた富士山の絵の額縁なのだが、家の中の住人に気づかれずに、絵を外して地下室まで持ち込んだのか、ってのが謎解き鍵。
この謎を解くのが、日本有数の名探偵(らしい)綾羅木孝三郎の娘・有紗(アリサ
なのだが、なんと彼女はロリータ・ファッションに見を包んだ10歳の小学生であった・・・といった展開で、最初なので謎解きとあわせたキャストの登場話といった感じが強いですね。ただ、彼女の推理が鋭く犯人を突き止めても、小学生ということで、手柄が全て「橘良太」が横取りしてしまうあたりは、名探偵コナンと同じ「小学生探偵」の悲しさですね。

第二話は、有紗が、父親の「はじめてのお使い」をさせたいという願いから、南武線の分倍河原の駅前の喫茶店に届けものをした頃に溝ノ口の駅のホームで起きた殺人事件の謎解き。犯人として浮上してきたのが「中崎」という男性なのだが、犯行時刻と思われるときには、有紗が、その中崎に分倍河原の喫茶店で届け物を渡した時間とほぼ同じ。なので、彼には、きちんとしたアリバイがあるように見えるのだが・・・、といった展開。山手線のように本数が多くない南武線を使った鉄道ミステリーなのだが、多くの人が聞き覚えのない「駅名」をつかったトリックはちょっと「凝りすぎ」であるかも。

第三話は、橘良太が事務所を構える武蔵新城の、遊技場を多数経営するお金持ちの邸宅で起きた殺人事件。発端は、そこのお金持ち・須崎家の奥さんである瑛子という女性が良太のところへ、旦那の浮気の証拠をつかんでくれ、と依頼してくるところから始まる。その方法も、奥さんが友人に家に泊りがけで遊びに行くという理由をつけて家をあけるので、おそらく、その間に女を引っ張り込むから、その密会現場の証拠を押さえてくれ、というものである。かんり、ベタな設定なのだが、その筋書き通り、夜半すぎ、旦那の部屋に「黒い服」の女が忍び込んできて、彼の部屋に入っていく現場を撮影することができる。これで依頼はコンプリートと思いきや、朝になっても起きてこない旦那を不審がって、家のものが部屋に入ると、頭から血を流して死んでいる旦那の死体が転がっていて・・、という設定。おまけに、良太のところへ依頼をもってきたこの家の奥さんも行方不明になって、その後死体で見つかる、といった展開である。
ネタバレを少しすると、殺されたと思われた旦那が実はクセモノで、といったところなのだが、詳しくは原書のほうで。

第四話の舞台は、川崎市溝ノ口近くの総合運動公園の野球グラウンドで起きた殺人事件。この地域の草野球チーム、溝ノ口ホルモンズと新城ホッピーズとの試合が行われる朝、ホッピーズの監督・剣崎がグラウンドのマウンドのあたりで、ボウガンの赤い矢で射殺されているのが発見される。彼は夜間のうちにここで殺されてようなだが、グラウンドには被害者の足跡しか残されいなかった。犯人は、夜、遠くから剣崎監督を狙って射殺したと思われたのだが、アリサの推理は・・・、といった展開である。ピッチャーズ・マウンドはグラウンドより高くなっているのが、今回の謎解きのヒントですね。

【レビュアーから一言】

このシリーズの魅力は、裏表が有りすぎる少女探偵・アリサの突然ひらめく推理とあわせて、「南武線」沿線の、しかも最近、高層マンションが立ち並ぶ人気の住宅地の「武蔵小杉」ではなく、その近くの「武蔵新城」「武蔵溝ノ口」のあたりを舞台にした大都会の中の奇妙な「ローカル」感で、それは第三話の冒頭の

武蔵新城の駅を出て、まず目に飛び込んでくるのは、いまどき貴重なアーケード街だ。
結構長い。雨の日でも百メートル競争が楽しめそうだ。もっとも一円でも安い食材をゲットしようとする近所のおばちゃんたちが、貪欲な鮫みたいに通りを回遊しているので、実際のところ天候に関係なく百メートル競争は無理だ。
(略)
一方、狭い路地に足を踏み入れたなら、そこは」古い呑み屋や焼肉店が軒を連ねる飲食店街。働くおとこたちの憩いの空間だ。
日が暮れる頃になると、背広姿のサラリーマンや工場帰りの労働者が、蜜を求める蜂のごとく、この一帯に吸い寄せられていく。ほのかに漂う昭和の薫りと濃密なタレの匂い。ビールやワインよりもチューハイや発泡酒、特にホッピーがよく似合う。

といった武蔵新城駅前の風情によく現れている。山の手や官庁街や、下町でもない、都会の片隅の独特の雰囲気を味わってみるのも一興と思います。

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