寺子屋の師匠と筆子が忍者の謀略を打ち破る ー 今村翔吾「てらこや青義堂 師匠走る」

時代小説に登場する寺子屋の師匠というのは、剣の腕は凄腕ながら、それを隠して腑抜けを装っているのだが、過去の秘密に関係して教え子に危機が迫ると、俄にその能力を全開し、といったことが多く、ある意味「嬉しい定番」であるのだが、本巻で登場する「青義堂」の師匠・十蔵は、ありきたりの「剣の達人」ではなく、元・伊賀者の陰忍という設定。

その元・陰忍である主人公が、寺子屋の教え子の悩みを解決していくとともに、幕府に迫る危機に、教え子たちとともに立ち向かっていくのが本書『今村翔吾「てらこや青義堂 師匠走る」(小学館)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章
第一章 鉄之助の拳
第二章 吉太郎の袖
第三章 源也の空
第四章 千織と初雪
第五章 睦月は今日も笑う
第六章 十蔵、走る
第七章 筆子も走る
終章

となっていて、第一章から第四章までは、元伊賀の腕利きの陰忍で、彼に行った数々の「仕事」の恨みが、愛する妻に降りかからないように離縁し、忍びを抜けた「坂入十蔵」が彼が経営する寺子屋の筆子たちに悩みを解決していく筋立て。
ただ、彼が悩みを解決していく「寺子」たちというのが、そんじょそこらの寺子たちではなくて、
・御徒組の跡継ぎで剣術に天賦の才を見せるが悪戯がすぎる「鉄之助」
・大工の棟梁の息子で手先も器用なのだが極度のあがり症の「源也」
・新興の呉服問屋「丹色屋」の跡取りで、商才は抜群だが金遣いの荒い「吉太郎」
・加賀前田家の名門・人持組六十八家の一つ「生駒家」の娘で女だてらの兵法フリークの「千織」
という、あちこちの寺子屋から追い出された寺子ばかりである。

そんないわくつきの寺子たちが抱える難題の解決というのが、第一章の「鉄之助の拳」では、剣の腕が優れていても貧乏ゆえに侮蔑され、道場主からも破門されそうになる鉄之助、第二章の「吉太郎の袖」では、成り上がった丹色屋を妬んだ商売敵がに誘拐され、父親の店の資金を吐き出させられる吉之助。第三章の「源也の空」では、からくりの道をあきらめさせ大工の技術習得に専念させられそうになる中、からくりを使った通り魔に襲われる源也、第四話の「千織と初雪」は、意図しない縁談を持ち込まれて兵法の研究を諦めかけた上に、その縁談に反対する勢力に殺害されそうになる千織、といったそれぞれの危難を、十蔵の「忍の術」によって切り抜けていく、というハラハラさせる展開である。

そして極めつけは第五章以降で、第一章から第四章で登場した、公儀に恨みを持つ忍者たちによって加えられる十蔵と彼の元妻・睦月の危難を、今度は4人の寺子たちが彼らの得意とする技を使って解決する、という展開で、そこで発揮される、鉄之介の「剣」、源也の「からくり」、吉太郎の「金」、千織の「兵法」といった特技の冴えがまた見事なのだが、敵もまた強力で、思わず手に汗握る筋立てであります。

一気読みまちがいなしの「寺子屋人情もの」+「忍術+αのアクションもの」であります。

【レビュアーから一言】

作中で十蔵の執筆する「隠密往来」で紹介される「忍術」は、穴を掘って隠れる土遁の術とか、森や林で仮装して隠れる木遁の術など地味なものが多いのだが、今巻の中にでてくる技は、膏薬のようなものから火花が出てはられた相手を焼き尽くす「炎野蕗」や油を火薬を詰めた竹筒を矢の先端につけて火をつけて相手に投げつける「百合一火」であるとか、高速で発射する吹き矢や、胸元の大筒から無数のノミを発射するからくり人形であるとか、グライダーのように飛翔するからくりなど、様々な技や機械ものが登場してきます。
敵方の忍者たちと繰り広げられるアクションと一緒に、そんなところもお楽しみください。

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