黎明期の鉄道敷設妨害事件の謎解きに、腕利きの「元八丁堀同心」が挑む — 山本巧次「開化鐵道(てつどう)探偵」(東京創元社)

現在の東京と江戸との間を行き来して、現在の分析技術を利用して、江戸の事件の謎を解くという「八丁堀のおゆう」シリーズで、元OLで、八丁堀の配下という「おゆう」さんの活躍を描いた筆者なのだが、今回は、明治時代を舞台に、八丁堀の元同心にして、創設当時の鐵道にまつわる謎解きを描いたのが本書『山本巧次「開化鐵道(てつどう)探偵」(東京創元社)』である。

第一章 最後の八丁堀
第二章 逢坂山
第三章 十四尺の洞門
第四章 鉄道嫌い
第五章 火薬樽
第六章 一触即発
第七章 特別臨時急行
第八章 大物登場
第九章 発破用意
第十章 トンネルを守れ
第十一章 一枚の切符
第十二章 ただ鐡の道を行く

となっているのだが、「鉄道ミステリー」とはいっても、日本の鉄道の草創期、神戸から京都まで開通させた鉄道を、大津まで延伸させる時が本書の時代設定であるので、少々、風合いが異なって面白い。

【あらすじは】

まずは、元八丁堀同心で、今はフリーの草壁賢吾、工部省鉄道局長の井上勝に呼び出され、逢坂山トンネルで起きる「妨害活動」の調査を依頼されるところから始まる。
この草壁、八丁堀の腕利き同心であったのだが、維新政府が気に入らず出仕しようとしない人物という設定で、明治初期という時代は、旧勢力の力は衰えたが、新秩序はまだ穴だらけという時で、こういった能力はあるが、一癖ある人物を掘り出してキャストに使うには、絶好の時代でありますね。

で、赴いた現場は、ならず者も含んだ玉石混交の線路工夫から、トンネルを掘削する生野銀山から来た坑夫が集まった、まあ、かなり荒々しい所。さらに周辺には、鉄道で職を奪われた廻船をやっていた商人が反対運動をしているし、といった状況で、けして波平らかなところではない。

そして、そこで、落石事故や材木崩落で坑夫が怪我をしたり、設計図面の数値がめちゃくちゃな数字に書き換えられていたり、といったところであったのだが、ついに、現場を請け負っている、関西の藤田商店の社員が最寄り駅から京都で向かう途中で、不審な列車からの転落死。さらには、発破用の火薬の盗難事件や、反対派が殺害される事件もおき、といった感じで展開する。

やはり、この大津への鉄道延伸を邪魔しようとする人物の仕業か、と思われるのだが、鉄道反対派の廻船問屋の元主人とか、いわくありそうな京都先斗町の芸者上がりの居酒屋の女主人とか、諍いを続ける鉄道工夫と生野銀山の坑夫のそれぞれの頭、とか疑わしそうな輩があれこれ出没するので目移りしてしまいますね。

加えて、「山科駅」という辺鄙な駅をキーにした、時刻表ミステリー風の謎解きもあるので、念の為。

最後の犯人の動機と目的は、企業ミステリーによくあるものなのだが、その黒幕となるのが、「明治」という時代を表現しているし、

本書にでてくる鉄道局長の井上(彼は実在の人物で、日本の鉄道の生みの親ともいえる人物らしい)が、

なあ、草壁君、この日本では、昔っから、トンネルを掘ったり山を切り開いて道を作ったり、そんなことをやってきたんじゃ、そりゃあ、煉瓦やレールはなかったかもしれんが、鉄道を作る基本の技術は初めから持っとったんじゃよ

と日本の技術力を信用し、日本の鉄道敷設を自国の技術で行い利権を確保しようとする欧米に対抗するように

鉄道工事を日本人の手だけで立派に完成させ、お前たちよりも儂らの方が上手くできるぞ、と見せつけてやることじゃ。それが一番のしっぺ返しよ。

いつの日か、儂らが作った機関車を奴らが拝み倒して買いに来るようにしてやる。そうしたら痛快じゃろう。

と言い切るところは、「日本の技術者ここにあり」という爽快さがありますな。

【まとめ】

「八丁堀のおゆう」でデビュー後、今は鉄道会社に勤務している、生粋の鉄道オタクである筆者らしく、日本の鉄道草創期の状況が味わえるとともに、その周辺の薩摩と長州の対立、アメリカやヨーロッパ諸国の思惑と策謀など、「明治の時代」の混沌と活気が味わえるミステリーである、
鉄道ミステリー・ファン、歴史ミステリー・ファン、いずれにもオススメに仕上がっていますね。

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