「将棋」の世界のもつ苛烈さと謎解きが楽しめる将棋ミステリーをどうそ=芦沢央「神の悪手」

人間心理や感情と巧妙な仕掛けをおりまぜたストーリ展開の最後に読者の意表を突く切り札が用意されているミステリーが特徴の筆者が、はじめて取り組んだ将棋ミステリーの連作短編集が本書『芦沢央「神の悪手」

(新潮社)』です。

本の帯によると

この手を選びたい。たとえ破滅するとしてもー
驚きと感動の連続!
限界に挑む人々の運命の瞬間をとらえた心を揺さぶる将棋ミステリー

とあって、厳しい勝負の世界で生き抜こうとして、こぼれていく「将棋」の世界で展開されるプロ棋士たちのあがきと謎解きの数々が描かれていきます。

あらすじと注目ポイント

収録は

「弱い者」
「神の悪手」
「ミイラ」
「盤上の糸」
「恩返し」

となっていて、まず第一話の「弱い者」は、震災の避難所へ復興支援のチャリティーでやってきた当人も幼い頃に被災経験のある棋士・北上八段が、被災者の少年の一人と対局をしているシーンから始まります。そのチャリティーは、避難所でプロ棋士が指導対局をして、日頃、夜間の電気の利用も制限され、息抜きも少ない被災者のせめて将棋の楽しさを経験してもらって、避難のストレスを軽減しようというもので、勝負は二の次なのですが、北上は対局している少年の並々ならぬ才能に驚かせることになります。

ところが対局のそこかしこでその強さを見せる少年は、彼が勝ちそうになるところで決まって悪手をうち、勝負が長引いていきます。少年が勝とうとしないのには理由があるのですが、それはこの「避難所生活」と密接に関連したもので・・という筋立てです。

最後のところで、この少年(?)の未来が開けていく予感がするのが、筆者の優しいところですね。

第二話の表題作「神の悪手」は、将棋のプロとなる条件である、26歳までに四段昇格という基準ぎりぎりの年齢に差し掛かっている「岩城啓一という青年が主人公です。彼は9回目の三段リーグなのですが、すでに負けがこんでいて、さらにリーグ戦最終日の明日は、昇段間違いなしといわれているエリート棋士・宮内と対戦することとなっているので昇段の見込みはほとんどありません。そんな彼のもとに、今回のリーグ戦で昇段できなければ奨励会を退会しないといけないところまで追い詰められている先輩棋士・村尾が訪ねてきます。彼は、明日の対戦ア相手である宮内に勝てる「棋譜」を持ってきた、と打ち明けます。これを使って岩城が宮内に勝てば、そのあとの対戦で岩城を破る(と当然視している)村尾が昇段にむけて大きく前進するという思惑です。

これに怒りを覚えた岩城が村尾と揉めて、そのはずみで村尾が昏倒して死亡してしまいます。岩城は逃れるためにアリバイ工作をするのですが、翌日の宮内との対局で、村尾の想定した「棋譜」どおりの指し手となってきて・・という展開です。

全国から将棋の天才児と賞賛される子どもたちが奨励会にあつまり、日夜将棋だけに専心するのですが、26歳までに四段に到達する狭きき門がくぐれなければ、社会経験も学歴もないまま世間に放り出されるという「将棋界」ならではの厳しい風が骨身に凍みる感じがしてきます。

第三話の「ミイラ」は、将棋の世界でも特殊な世界を構成している「詰将棋」の世界の物語です。詰将棋には、正解が一個しかないこと、「余詰」がないことがルールとなっているのですが、ある雑誌への投稿されてきた14歳の少年の作品に対して、雑誌の選者である「常坂」が講評で「余詰」があることを指摘すると、即座に反論が届きます。どうやら、少年は「変則詰将棋」のように彼独特の「ルール」を決めているようなのですが、彼の生い立ち、ある狂信的な新興宗教で親と一緒に閉ざされた集団生活を送っていて、流行病により教団が全滅後たった一人救出された少年であることを知った常坂は、そこからある「教団」の教義に絡む「ルール」に気づき・・という展開です。

このほか幼い頃の両親の交通事故死のトラウマから、目にしたものを自分の知識と結びつけることのできない「失認症」を発症したのですが、それを克服して棋士となった青年と力の衰えを感じ始めているベテラン棋士との対局の、それぞれの心の中での探り合いや心の動きを描いた心理小説「盤上の糸」、将棋のタイトル戦で使用する駒を決める「駒検分」で、一旦は師匠のつくった「駒」をおさえて、棋士から選ばれながら、最終的には選から漏れてしまった弟子の駒職人が、その理由を探っているうちに新たな駒作りの境地に目覚める「恩返し」など、将棋をめぐる物語世界が紡がれていきます。

神の悪手
神の悪手

レビュアーの一言

本巻は、ミステリー仕立てのものも多いのですが、どちらかというと「将棋」を中心にすえて、その世界で生きる棋士や詰将棋作家、駒職人たの「人間模様」を描くという色合いの強い仕上がりになっています。

ただ、「将棋」という古くから日本人の生活にしっかりと根ざし、独特の歴史を歩んできた世界なので、そこのおける「オタク」的な知識のかけらとかしきたりとかは、記録映像をみているようで面白いですね。将棋にかぎらず、歌舞伎や落語といった伝統ものミステリーは独特の魅力があるのは間違いないですね。

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