マリア&レンは不時着した飛行船内でおきる連続殺人の謎を解く=市川憂人「ジェリーフィッシュは凍らない」

私達の住む世界と国家間の関係や科学技術の発展の方法性など、細かなところでは違いがありつつも、ほぼ同じ社会が構築されているらしいパラレル・ワールドで、こちらの世界では、アメリカらしい「U国」のA州F署の刑事課に所属する、推理は切れるが素行と口の悪い女性警部「マリア・ソールズベリー」と、J国(こちらの世界ではおそらく日本)出身で、いつも冷静な「九条漣(通称「レン」)がペアとなって、所轄内でおきる不可能犯罪の謎をといていくミステリー・シリーズの第一作が本書「市川憂人「ジェリーフィッシュは凍らない」(創元推理文庫)」です。

あらすじと注目ポイント

本シリーズの主人公となる「マリア・ソールズベリ」は若くて警部に昇進している腕利きの警察官で、着飾れば

長く豊かな赤毛。角度によって燃えるような紅玉色に輝く神秘的な瞳、それなりに、どころではなく整った顔立ち。量感のある胸元から引き締まった腰、豊かに張った臀部

といった風貌で、上流階級の令嬢と思えるほどの美人なのですが、普段の実態は

ブラウスはボタンがひとつ外れ、裾がスカートからはみ出している。湿気を吸った海藻のような張りのないスーツ。パンプスはそこかしこに泥がついている。髪の毛に至っては、寝癖だらけで巻き毛と区別がつかない

といった残念な様子で、おまけにとんでもなく口が悪い、という厄介な人物なのですが、事件推理にはすごい才能を発揮する女性です。

第一作「ジェリーフィッシュは凍らない」の構成は

プロローグ
第1章 ジェリーフィッシュ(Ⅰ)ー1983年2月7日 15:00〜ー
第2章 地上(Ⅰ)ー1983年2月10日 07:30〜ー
インタールード(Ⅰ)
第3章 ジェリーフィッシュ(Ⅱ)ー1983年2月8日 08:05〜ー
第4章 地上(Ⅱ)ー1983年2月12日 07:00〜ー
インタールード(Ⅱ)
第5章 ジェリーフィッシュ(Ⅲ)ー1983年2月8日 18:30〜ー
第6章 地上(Ⅲ)ー1983年2月10日 15:30〜ー
インタールード(Ⅲ)
第7章 ジェリーフィッシュ(Ⅳ)ー1983年2月8日 22:40〜ー
第8章 地上(Ⅳ)ー1983年2月12日 16:40〜
インタールード(Ⅳ)ーモノローグ
第9章 ジェリーフィッシュ(Ⅴ)ー1983年2月8日 23:50〜ー
第10章 地上(Ⅴ)ー1983年2月15日 13:30〜ー
インタールード(Ⅴ)
第11章 ジェリーフィッシュ(Ⅵ)ー1983年2月9日 01:10〜
第12章 地上(Ⅵ)ー1983年2月15日 16:10〜ー
インタールード(Ⅵ)
エピローグ

となっていて連続殺人事件のおきるほぼ1日間の「ジェリーフィッシュ」の章と、マリアとレンが捜査に駆り出され真犯人を推理していく5日間の「地上」の章が、時間経過とともに交互に記述されていく、という構成になっています。

ここででてくる「ジェリーフィッシュ」というのは、この世界独自に発展した飛行船で、青酸ガスを使って、飛行船の気嚢の内部をダイヤモンド以上の硬度ををもつ結晶で覆った上で真空化し、可燃ガスへの延焼という飛行船の欠点を克服した上に軽量化したもので、この世界では飛行機よりも普及している、という設定です。

で、この「ジェリーフィッシュ」を開発したファイファー教授率いる研究チームが、軍の依頼を受けて、レーダーで感知できない「ジェリーフィッシュ」の試験飛行に出発したのですが、自動航行装置がなぜか書き換えられていて、途中の山脈に不時着。外部からの救助を待っているうちに、ファイファー教授ほか6人の乗組員全員が何者かによって、次々と殺されていき、遂には生存者は誰もいなくなってしまいます。
密室ともいえるジェリーフィッシュの船内で6人の乗員を次々と殺害し、人里は離れた山中に殺人者が忽然と消えてしまった謎に、マリアとレンのコンビが挑むことなるのですが・・という流れですね。

実は、このジェリーフィッシュの製法技術は、十数年前に「レベッカ」という名前の女子学生が考案したものを、ファイファー教授たちジェリーフィッシュの開発メンバーたちが盗用して事業化したという秘密があって、彼らが復讐される理由はおおありなのですが、レベッカは学生時代に実験中に青酸ガスの事故で死亡しているという過去があって、ここがこの殺人事件の大きな鍵ととなっていきます。作中にも、模型店でアルバイトするレベッカと親しくなる男性の独白が挿入されているので、ここは注意しておかないといけないのですが、くれぐれも作者のはりめぐらす罠にひっかからないようにしてくださいね。

そして、レベッカがレイプされていたという事実がわかったり、開発メンバーの6人が、飲んだくれとなったファイファー教授をはじめとして、およそまともな研究者ではないが欲望だけは強いという印象が強まり。被害者たちへの同情心が薄れていく最後半のあたりで、それまで飲んだくれで仕事してんのかな、という疑念さえでてきた「マリア」が実は見事な推理力で真犯人に気づいていて、さらにその真犯人をおびき出すという見事な荒業をくりだしてきますので、詳しくは原書のほうでどうぞ。

少しネタバレしておくと、物語の途中で真犯人の姿はすでに物語上で暴露されているのですが、殺人事件のどさくさの中に見事に隠されています。

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レビュアーの一言

マリアとレンの活躍する「ジェリーフィッシュ事件」のおきる世界は、私達のすむ世界との共通点を多く持っていて、例えば、

1937年に発生した大型旅客船の爆発事故により、飛行船ー気嚢を用いた航空機の社会的信用は失墜し、地上から急速に姿を消しました

となっていて、物語の世界でも、乗客36名と地上作業員1名の死亡した「ヒンデンブルグ号」の事故は起きているようですし、物語の事件当時、世界はU国とR国との冷戦状態にあるようで、私達のすむ世界と大筋シンクロしているのですが、独自の発明などによって歴史が少し枝分かれしていったイメージですね。
ちなみに、1983年は、こちらの世界ではインターネットが誕生するとともに、任天堂のファミリーコンピュータが発売された年です。さらには「大韓航空機撃墜事件」も起きていて、物語の「ジェリーフィッシュ」墜落事故は、このあたりをモチーフにしているのかもしれません。

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