認知症の元刑事が認知症老人の過去を探るとそこには何が?=佐野広実「わたしが消える」

産廃施設建設にからむ疑惑に近づいたことから警察を追われ、今はマンションの管理人をしている元刑事が認知障碍を発症していることを診断されたことをきっかけに、介護士を目指している娘から依頼された、身元不明の認知症の入所者の過去を調べていくうちに、その老人の過去に隠されていた恐るべき国家的陰謀を探り当ててしまう、社会派ミステリーが本書『佐野広実「わたしが消える」(講談社文庫)』です。

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あらすじと注目ポイント

構成は

序章 宣告
第一章 身元不明者
第二章 行動監視者
第三章 犯罪当事者
終章  残された時間

となっていて、冒頭では、自転車に乗っていたところを軽自動車に追突された事故の診察で、思いもかけず「軽度の認知障碍」が発見され、数年後にアルツハイマー病を発症する可能性が高いので家族と一緒に精密検査を受けるよう医師に勧められて当惑する、本編の主人公・藤巻の姿から始まります。

ここで彼の敬礼などを説明しておくと、藤巻は二十年前、岐阜県警の捜査二課にいたのですが、産業廃棄物施設の建設にからむ疑惑事件に巻き込まれ、濡れ衣を着せられて詰め腹を切らされ、その後、無実を立証するため警察を相手取って訴訟を起こすために、妻や娘に迷惑をかけないため縁を切ったという過去をもっています。

裁判でで勝利をかち取ったのですが警察組織からは目の仇扱いされたままで、現在は、訴訟を担当してくれた弁護士の世話で、都内のマンションの管理人をして暮らしています。そして、今から2年後、生き別れになっていた娘が進学のために上京してくるのですが、その時、別れた妻は癌で余命いくばくもない状態になっていて、という境遇です。

今回、その娘から、彼女が実習をしている介護施設の門の前に置き去りにされていた認知症の老人(門の前にいたから、施設内では「門前さん」と呼んでいるのですが)の身元と置き去りにされた理由を調べてもらえないか、と頼まれます。

自分が軽度の認知症を発症していることや将来的にアルツハイマー病を発病する可能性が高いことを娘に言いだせない藤巻は、その置き去りにされた老人への同情から、彼の調査をしぶしぶ引き受けるのですが・・という筋立てです。

藤巻は、しぶしぶ調査を引き受けるのですが、調査のやり方は介護施設や近くにある店の防犯カメラに遺されている映像を手掛かりに聞き込みを始めるとともに、遺棄者は何度か現場に還ってくるという経験から施設に防犯カメラの継続監視をさせ、さらには「門前さん」の指紋を、昔の警察のコネを使って、警察のデータベースを使った身元照会をかけてもらい、と刑事時代の経験を活かした素人離れしたやり方です。

このおかげもあって、施設の前まで一緒に来ていた、「門前さん」と24年間一緒に暮らしていた老女(大山利代)をつきとめ、彼女から「門前さん」のことを聞きだすのですが、「町田幸次」と名乗っていたということのほかは、健康保険にも加入しておらず、運転免許もなく、一緒に暮らす24年前以前のことは皆目わからない、とのこと。さらに、彼女が「門前さん」が大事に持っていたという「布袋」の中から、複数の、名前の違う運転免許証や日本と台湾のパスポート、社員証などがでてきます。

そして、内密に身元照会をした警察の知り合いからは、この人物がどこにいるのか、警察の上層部のほうから問い合わせがあった、という話が入り、その後、ルポライターを名乗る男が「門前さん」のいる介護施設の周辺をうろつきだしたり、藤巻に「これ以上嗅ぎまわるな」と警告したり、藤巻を駅のホームから突き落とした後で引き上げて助ける男も出現します。そして「門前さん」と同居していた老女・大山も家族を名乗る何者かに連れ去られてしまい・・という展開です。

この後、「門前さん」の生家を尋ねた藤巻が、彼の一族の墓地から、彼が遺した手記を発見するのですが、そこには出世のために「わたし」を消していった「門前さん」の過去に隠されていた、公安警察による国家的な陰謀が明らかになっていきます。
そして、その首謀者は未だ日本の政界に隠然とした力を持っていて藤巻たちの口を塞ごうと動き出し・・という展開なのですが、認知症によって「わたし」が消えていくことを恐れる男と、出世のために「わたし」を消した男、そして「わたし」を消させた男の物語が交錯していきます。

そして、その首謀者は未だ日本の政界に隠然とした力を持っていて藤巻たちの口を塞ごうと動き出し・・という展開です。

レビュアーの一言

本編の作者「佐野広実」さんは、1999年に「島村匠」名義で小説デビューし、歴史小説や伝記小説を発表した後、2020年にこの作品で江戸川乱歩賞を受賞して再デビューしたミステリー作家です。

すでに小説家としての下地があるせいか、最初、認知症を患っている元刑事が同じく認知症の老人の過去探しに首を突っ込むのですがでてきそうなのは、その老人の詐欺などのちっぽけな犯罪歴と思わせておいて思いもよらない「ラスボス」を引っ張り出してくる技は見事ですね。

受賞後、日本国内の架空の町を舞台にその町を覆う「同調圧力」が生み出す犯罪と町の不気味さを描いた「誰かがこの町で」や神奈川県の湘南を舞台にDVの闇を描いた「シャドウ・ワーク」などを発表されてますので、本作のストーリーテリングが気に入ったかたはそちらもどうぞ。

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