「政治とカネは切っても切れない関係」といわれるように、権力をもった政治家にカネにまつわる「黒い噂」がつきまとうのは、昔も今も、日本だけでなく世界中共通の出来事です。
今回の事件の発端は橋梁用地の買収に絡んで総理大臣の関係者に便宜を図った疑惑を抱えているベテラン衆議院議員の孫娘が誘拐されたこと。犯人の動機は「金」か「怨恨」か捜査陣の判断も別れる中、犯人から要求のあったのは前代未聞の「あること」で・・と奇想天外の要求に翻弄される代議士一課と警察の姿を描く誘拐サスペンスが本書『真保裕一「お前の罪を自白しろ」（文春文庫）』です。
あらすじと注目ポイント
物語りは埼玉を地盤とする代議士・宇田清治郎の孫娘・柚葉が、母親の清治郎の長女・緒方麻由美と一緒に公園から帰宅する途中、二人が乗っていたママチャリに何者かに軽自動車を追突され、転倒した隙をついて柚葉が拉致されたところから始まります。
橋の建設に関わる贈賄疑惑が噂されている代議士の娘としては警戒感が薄いのですが、国会議員をしている父、県会議員の兄、市会議員の夫の選挙対策も兼ねて、保育園の行き帰りには車をつかわず、自転車で往復し、絶えず、すれ違うママ友や地元民には愛想をふりまけ、という宇田清治郎のいいつけが災いしてしまった、というところです。
もっとも、誘拐情報が警察に入るやいなや、県警本部長自らの指示で「捜査本部」が立ち上げられ、報道管制がひかれるあたりは、「上級国民」の孫の事件の威力はスゴイといわざるをえません。
一方、柚葉の祖父・宇田清治郎は自らが火種となっている総理大臣からみの収賄の疑いで空転し始める国会情勢を鎮めるため、野党対策とマスコミ対策に、次男でもある秘書・宇田暁司と奔走している際中だったのですが、そこに孫娘誘拐の報せが入り、あわてて地元の帰り、犯人からの連絡をまちます。
そこへ入ってきた犯人の要求は、「金」や「物」ではなく、「記者会見を開いて自分の犯した罪を全て自白しろ」という奇想天外なもので・・という筋立てです。
実は宇田清治郎は地元の橋梁の建設工事に関連して、総理大臣の友人の有する土地を通るよう計画変更するよう、地元の県や市に働きかけ、その見返りの闇の政治献金を受けとっています。総理大臣から明確に依頼されたわけではなく、県や市への働きかけも強要したわけものではなく、むしろ、県や市の関係者と協働して、計画変更によって総理大臣に恩を売ることを目論む国土交通省を動かして地元へ利益誘導した、という仕掛けなので明確な「法律違反」かどうかは捜査の結果次第なのですが、「罪」ということでいえば、これも告白せざるをえなくなります。
しかし告白してしまえば、総理大臣がその地位を危うくするのは間違いなく、それによって選挙で総理派閥からの復讐されることは間違いありません。
この案件に関する総理大臣の関与を喋らせまいとする官邸側と、告白後、逮捕・起訴されることを回避するため、かつて造船疑獄に関連してたった一度だけ出された「指揮権発動」を要求する「宇田一族」側との間に虚々実々の駆け引きが繰り広げられていきます。その中心となってくるのが、起業した会社を潰して多額の借金を負い、父・宇田清治郎の秘書に拾ってもらっていた次男の暁司で・・と物語が動いていきます。
そして、一回目の会見で、総理がらみの案件を喋らずに終わらせ、事態を収拾しようとした清治郎と暁司のもとへ、犯人から「すべての罪を自白しろ」と再度の要求が入ってきます。
官邸側の動きが鈍い中、暁司は総理の反対派閥に入り込み、政治的な大博打をうって、父親を会見に臨ませるのですがその中身は・・という展開です。
政治生命をかけたのるかそるかのやりとりのあと、あることにきづいた暁司によって、政治的なものとは一切関係なかった今回の事件の真相も明らかになっていくのですが、詳細は原書のほうでどうぞ。
レビュアーの一言
大物政治家の孫娘の「誘拐事件」というネタなのですが、内容的には「誘拐ミステリー」というより、「宇田暁司」という最初は軽視されていた人物が、官邸をはじめとする政治家たちや警察たちとやり合ったり、出し抜いたりといった「政治ミステリー」に近い感じですね。
この作品は2023年に「宇田暁司」役に中島健人、「宇田清治郎」役に堤真一というキャストで映画化されていますので、そちらもどうぞ。（映画「お前の罪を自白しろ」の公式サイトはこちらから）
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